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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)5118号 判決

昭和四七年(ワ)第五一一八号事件原告

大垣義数

被告

小室泰孝

ほか一名

昭和四八年(ワ)第四一一七号事件原告

有限会社三和冷器工業所

被告

日動火災海上保険株式会社

主文

一  昭和四七年(ワ)第五、一一八号事件被告有限会社三和冷器工業所、同事件被告小室泰孝は、各自、同事件原告に対し、金二七四万五、八五八円およびこれに対する昭和四七年一一月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  昭和四七年(ワ)第五、一一八号事件原告のその余の請求を棄却する。

三  昭和四八年(ワ)第四、一七七号事件被告日動火災海上保険株式会社は、同事件原告に対し、金二〇一万三、七三三円およびこれに対する昭和四八年一〇月二日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

四  昭和四八年(ワ)第四、一七七号事件原告の請求の趣旨第一項の、その余の請求を棄却する。

五  右同事件原告の請求の趣旨第二項の請求を却下する。

六  訴訟費用は、これを六分し、昭和四七年(ワ)第五、一一八号事件原告、同事件被告ら、昭和四八年(ワ)第四、一七七号事件被告の各平等負担(各その二を負担)とする。

七  この判決主文第一項は、仮に執行することができ、同第三項は、金五〇万円の担保を供したときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(昭和四七年(ワ)第五、一一八号事件原告―以下「原告」という。)

1  被告有限会社三和冷器工業所(以下、「被告三和冷器」という。)、被告小室泰孝(以下、「被告小室」という。)は、連帯して原告に対し、金五九四万二、二六〇円およびこれに対するいずれも昭和四七年一一月二三日(本訴状送達の日の翌日)から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は右被告らの負担とする

との判決ならびに仮執行の宣言。

(昭和四七年(ワ)第四、一七七号事件原告=「被告三和冷器」)

1  被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動火災」という。)は、被告三和冷器に対し、金二〇一万三、七三三円およびこれに対する昭和四六年八月二七日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告日動火災と被告三和冷器との間で、昭和四七年(ワ)第五、一一八号事件において、被告三和冷器が負担すべき損害賠償額が確定したときは、被告日動火災は被告三和冷器に対し、該損害賠償額につき、自動車対人賠償責任保険契約に基づく保険金支払債務を負うことを確認する。

3  訴訟費用は、被告日動火災の負担とする。

との判決ならびに第1項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(昭和四七年(ワ)第五、一一八号事件被告ら)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

(昭和四八年(ワ)第四、一七七号事件被告)

1  被告三和冷器の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、被告三和冷器の負担とする。

第二当事者の主張

(昭和四七年(ワ)第五、一一八号事件)

一  請求の原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和四五年八月五日午前四時三〇分頃

(二) 場所 豊中市千里園一丁目一番地国道一七六号線

(三) 加害車 普通乗用自動車登録番号大阪五一は九三―七六号

右運転者 被告小室泰孝

(四) 被害者 原告

(五) 事故の態様

右道路を被告小室運転の加害車が、時速約八〇キロメートルで南進中、自車走行線の前方で路面画線作業に従事していた原告に、加害車前部を衝突させ、同人を路上に転倒させた。

2  責任原因

(一) 被告三和冷器

被告三和冷器は、本件加害車を所有して自己のために運行の用に供すると共に、本件事故は同被告の代表者である被告小室がその職務中(通勤中)に、起こした事故であるから原告に対し、法人の不法行為責任をも負う。(自賠法三条、民法四四条)

(二) 被告小室

被告小室は、無資格、酒気帯び運転、前方不注視、脇見、最高速度違反(四〇キロ超過)の過失により本件事故を発生させた。(民法七〇九条の責任)

3  損害

(受傷、治療経過等)

(一) 原告の受傷内容

右恥骨骨折、顔面、左大腿、左下腿、後頭部および左肩関節挫創、膀胱尿道部損傷

(二) 治療経過

昭和四五年八月五日から同年九月三日まで市立豊中病院に、右同日から昭和四六年四月八日まで橋村医院に、合計二四七日間入院し、同月九日から昭和四七年一〇月二五日まで右橋村医院に、一九カ月通院(通院実日数は、平均週二ないし三回)した。

(三) 後遺症

歩行障害、性交障害

(治療関係費)

(一) 治療費 金一一七万五、七三三円

(二) 入院雑費 金七万四、一〇〇円

入院中一日三〇〇円の割合による二四七日分

(三) 入院付添費 金二九万六、四〇〇円

入院中一日一、二〇〇円の割合による二四七日分

(四) 通院交通費・雑費 金一〇万円

(五) 医師・看護婦謝礼 金二万五、〇〇〇円

(逸失利益)

(一) 休業損害 金二七〇万円

原告は、本件事故当時、訴外阪神装路株式会社の塗装工として勤務し、月額平均金一〇万円の給与を得ていたが、本件事故により前記傷害を負い、昭和四五年八月六日より昭和四七年一一月五日まで計二七カ月の休職をやむなくされた。

(二) 将来の逸失利益 金一三三万四、七六〇円

原告の前記傷害は完治せず、骨折部位および挫傷部位の疼痛により歩行障害を来たし、その労働能力を一四%喪失したものであるところ、原告は、今後少くとも一〇年間は労働可能であるから、月収一〇万円の一四%を年別のホフマン式(一〇年の係数は、七・九四五)により年五分の中間利息を控除して算定する。

(慰藉料) 金三〇七万円

その内訳は、入院に関し金八〇万円、通院に関し金五七万円、後遺症に関し金一七〇万円を相当とする。

(弁護士費用) 金二〇万円

以上の損害総計 金八九七万五、九九三円

4  損害の填補 金三〇三万三、七三三円

原告は被告小室より金二〇一万三、七三三円、自賠責保険より金一〇二万円の支払をうけた。

5  よつて、原告は、被告三和冷器および被告小室に対し、連帯して、金五九四万二、二六〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告三和冷器、同小室の答弁

1  請求原因事実中、1事故発生の(一)ないし(四)の事実は認め、(五)については同事実中、時速約八〇キロメートルというのは、実際は七〇ないし八〇キロメートルであつて、必ずしも正確でなく、原告が路面画線作業に従事していたことは不知、その余の事実は認める。

2  同2責任原因の(一)、(二)の事実中、被告三和冷器は本件加害車の所有者であり、被告小室は被告三和冷器の代表者であつて、本件加害車を運転していた事実は認めるが、その余は争う。

無資格運転とあるが、これは被告小室が昭和四五年五月二六日で有効期限が満了した普通自動二輪の運転免許証の更新手続を忘却していたにすぎず、同年九月一日更新手続が準用され、右運転免許証の再交付を受けている。また酒気帯び運転についても、本件事故時には、殆んど酒気を帯びておらず、車の運転に支障を及ぼす危険は、全くなかつた。被告小室は、無資格、酒気帯び運転のいずれについても刑事責任を問われていない。

3  同3損害の(受傷・治療経過等)の事実は不知、その余は争う。

4  同4損害の填補の事実は認める。

三  被告三和冷器、同小室の抗弁

1  過失相殺

被告小室は、本件事故直前、自己の走行車線上で原告が道路作業に従事し、同車線のセンターライン寄りに佇立しているのを認め、原告との衝突を避けるため、車線変更して対向車線に進入、走行しつつあつたところ、原告が突如、右センターラインを越え、車線変更して走行中の加害車に向け飛び出してきた。原告のこの重大な過失により、本件事故が生じたのであるから、損害賠償額の算定にあたり、五割以上の過失相殺がなされるべきである。

2  示談契約の成立

(一) 被告三和冷器の代表者被告小室は、昭和四六年八月二六日、原告の代理人訴外村地治雄(以下、訴外人という。)と本件事故に関し、左記内容の示談契約をなした。

(1) 被告小室は、原告に対し、支払済の入院治療費金五三万三、七三三円、慰藉料および休業補償費金一四八万円合計二〇一万三、七三三円の外、自賠責保険から金五〇万円の給付をうけて、これを支払う。

(2) 右被告らは、被告三和冷器が、本件加害車に付保していた任意保険の保険金請求および受領手続一切を、訴外人に委任し、原告は同訴外人より、右保険給付金全額の交付をうける。仮に保険給付金額が請求金額を下廻る額であつても、原告は被告らにその不足額を請求しない。

(3) 原告に後遺症が生じ、損害が生じたときは、訴外人に於て、自賠責保険および右任意保険の後遺症補償金の請求・受領手続をなし、原告は、訴外人より右各保険給付金の交付をうけて、後遺症により被つた損害に充当し、被告らには一切、右の損害賠償請求をなさない。

(4) 被告らは前各項に定める外、原告に対し、一切の債務を負担せず、原告は被告らに対し、何らの請求、異議の申立、訴訟を提起しない。

右示談契約の内容は、保険金給付を受けられない場合の危険をも一切、原告に帰すものであり、右示談契約の成立により、被告らの原告に対する本件交通事故に関する債務は、一切存在しなくなつたものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1過失相殺の事実中、原告が加害車の走行車線に飛び出したとの点は、否認する。

原告は本件事故現場の東側車線で画線作業に従事していたのであるが、その合間に赤色灯を振つて南行の自動車を西側車線に誘導すべく、交通整理をしていたものであるから、原告が加害車に向け、西側車線部分に飛び込むような自殺行為をするはずがない。

2  同2の示談契約の成立およびその内容については、いずれも認めるが、同示談契約の成立によつて、被告らの原告に対する債務は、一切消滅したとある点は否認する。

右契約の(2)項に、訴外人に任意保険金の請求手続を委任するとあるが、それは、原告に於て、保険金の直接かつ確実な受領を得るため、設けたものである。従つて、被告小室の保険金受給資格に疑義があるため、保険会社から右保険金の支払を受けられない時は、被告らは、依然として原告に対し、本件事故についての損害賠償義務を負うのであつて、右契約成立により被告らの同債務が一切消滅するものではないのである。只、訴外人が保険会社より保険金を受領した場合には、これを原告に交付し、原告はこれを損害の填補に当て、右保険金のみでは損害を填補するに不足を生じても、原告は被告らにその不足分を請求しないというのである。

五  原告の再抗弁

1  法律行為の目的の不能

被告小室は、右任意保険金の受給資格を有せず、右保険金の給付を受けられないにも拘らず、右示談契約は、その(2)項で訴外人に於て、被告小室の委任をうけて、右保険金請求および受領手続をなすことを目的としている。従つて右示談契約は、不能なことを目的とする法律行為であるから無効である。

2  錯誤

訴外人は、被告小室に於て、本件事故につき、任意保険金の受給資格があると信じて、被告らと右示談契約を締結したのであるが、その後、被告小室が無資格運転であつたため、受給資格がないことが判明した。右示談契約は、任意保険金の給付があることを重要な要素としており、その点に訴外人の錯誤があつたから、右契約は無効である。

3  詐欺

被告小室は、右示談契約に際し、訴外人に対し、任意保険金の受給資格がないのに、同資格があり、同保険金の給付が受けられるかの如く申し向けて、訴外人を欺き、その旨、訴外人を誤信させて右契約を締結させた。よつて、被告小室の詐欺により、右契約は成立したものであるから、原告は昭和四七年一〇月二五日付書面で同被告に対し、右契約を取消す旨の意思表示をなし、同書面は、同月二六日同被告に到達した。

六  再抗弁に対する認否および再々抗弁

(再抗弁に対する認否)

原告の再抗弁事実は全て否認する。

(再々抗弁)

仮に右示談契約に於て、訴外人に錯誤があつたとしても、訴外人には重大な過失が存するから、その無効を主張できない。

即ち、訴外人は社会保険労務士で保険事務を専門的職業とする者であり、被告小室から示談契約締結以前に、本件事故当時、同被告の運転免許更新の期間徒過および事故前飲酒の事実を聞いていた。それにも拘らず、訴外人には研究・調査もせず、保険会社との事前の接衝も怠つて、多額の保険金給付を得ることを意図する余り、慢然と右示談契約を締結した重大過失がある。

七  再々抗弁に対する認否

再々抗弁事実中、訴外人が、被告小室から事前に運転免許証の更新期間徒過の事実を聞いていたとある点は否認する。右事実を訴外人が知つたのは、示談契約成立の後である。

(昭和四八年(ワ)第四、一七七号事件)

一  請求の原因

1  任意保険契約の締結

被告三和冷器は、昭和四五年四月一六日被告日動火災と、その所有する本件加害車につき、保険期間を昭和四五年四月一六日から同四六年四月一六日まで、保険金支払限度額を金一、〇〇〇万円とする自動車対人賠償責任保険契約を締結した。(以下「本件保険契約」という。)

2  原告との示談契約等、

被告三和冷器の代表者被告小室は、本件加害車を運転して、前記事故を起こし、原告を負傷させたため、被告小室は、昭和四六年八月二六日原告と、その損害賠償金として原告に対し、自賠責保険より支払われる金五〇万円および後遺障害補償金を除き、合計金二〇一万三、七三三円(内訳―治療費金五三万三、七三三円、逸失利益および慰藉料金一四八万円)を支払う旨の示談契約をなし、右同日までに同金額を原告に支払つた。

3  被告三和冷器および同小室は、原告より前記事故に関する損害賠償請求事件(前記事件)を提起され、同事件は本事件と併合審理中である。

従つて、右損害賠償請求事件に於て、原告の請求の全部又は一部が認容され、それが確定したときは、右被告らに当該認容額につき、支払義務が生ずる。

4  よつて、被告三和冷器は、被告日動火災に対し、本件保険契約に基づき、金二〇一万三、七三三円の保険給付およびこれに対する昭和四六年八月二七日から支払済まで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めると共に、前記事件において、被告三和冷器が全部又は一部敗訴し、原告に対し負担すべき損害賠償額が確定したときは、被告日動火災に同額の保険金支払債務が存することの確認を求める。

二  請求原因に対する被告日動火災の答弁

1  請求原因事実1任意保険契約の締結の事実は、その主張の通りであることを認め、同2原告との示談契約等の事実中、本件交通事故の発生の事実は認めるが、その余の事実については不知である。

三  被告日動火災の抗弁

(本案について)

本件事故は、被告三和冷器の代表者である被告小室の飲酒及び無免許運転行為により生じたものであるところ、右各行為は、本件保険契約締結当時の自動車保険普通保険約款(以下、「本約款」という。)の免責条項第二章第四条の「当会社は、賠償責任条項の他の規定ならびに一般条項および特約条項の規定にかかわらず、下記各号の間に生じた損害をてん補する責に任じない。自動車が(1)無免許運転者によつて運転されているとき、(2)酒に酔つた運転者によつて運転されているとき」に、それぞれ該当する。

(本案前の抗弁)

1 保険金支払義務は、加害者(被保険者)と被害者間に於て、損害賠償額が確定しなければ、発生せず、勿論履行期もそれまでは到来しないから、被保険者である被告三和冷器らが、右交通事故に関し、支払うべき損害賠償額が確定していない本件訴は、不適法である。被告三和冷器は、既に被害者に支払つた分については、履行期が到来している旨、主張するようであるが、一部支払がなされても、全体について損害賠償額が確定しない限り、保険金支払義務は生じない。

2 請求の趣旨第2項の債務の存在確認を求める部分は、その債務額が明示されていず、請求が特定されていないから、不適法として却下されるべきである。

のみならず、本件では端的に給付を求めるべきであつて、確認の利益を欠くから、却下を免れないものである。

四  抗弁に対する認否

本案の抗弁に対し、同抗弁事実中、被告小室の運転が飲酒運転であつたとの事実は否認し、無免許運転であつたとの点およびその主張内容の免責規定が存することは認める。ただし、右無免許運転が、当該免責条項に該当するとの点については争う。

五  被告三和冷器の主張

1  被告小室は、本件事故前に飲酒の機会をもつたが、事故当時は殆んど酒気はなく、ましてや本約款に定める「酒に酔つた」状態では、全然なく、酒酔度は飲酒検知器の測定にもあらわれず、飲酒運転の刑事責任も問われなかつた。

2  被告小室は、更新手続を失念し、運転免許証の有効期間を徒過して、運転したものであるが、被告小室の右無免許運転は、次記する理由により、これを実質的にみて、約款の「無免許運転者によつて運転されているとき」に該当しないと言うべきである。

即ち、(一)被告小室は、昭和三六年五月二六日大阪府公安委員会から普通自動車および自動二輪の運転免許証の交付をうけ、本件事故当時においては、既に、九年の運転経験を有していたこと、(二)被告小室が本件事故当時、更新手続を失念していた運転免許証は、本件事故日より二カ月と一〇日程以前の昭和四五年五月二六日で、その有効期間が切れたのであるが、被告小室は、本件事故後右更新手続を失念していたことに気づき、右有効期間満了後三カ月以内に更新手続をとつたので、同年九月一日通常の更新手続に準じ、単に法規講習を受けたのみで、免許証の交付をうけることができたこと、右交付された運転免許証は、前記期限切れとなつたそれと、免許証番号を同一にするものであること、(三)道路交通法においても、更新手続失念の無免許運転は、他の無免許運転と別異に扱い、罰則規定を設けていない。これは、同行為の反社会性および事故発生の蓋然性が皆無か、極めて軽微とみなしているからである。(四)約款が無免許運転につき、保険会社を免責しているのは、無免許運転の反社会性と事故発生の偶然性が欠ける―事故発生がある程度予測できる―ことに着目して、保険制度濫用の弊害を除去するためであること。

以上の理由により、被告小室の右無免許運転は、一般の場合とは、質的に相違するところがあり、反社会的でも、事故発生につき、偶然性が欠けるというのでもない。このような事例に右の免責条項を適用するのは、著しく妥当性を欠き、不当である。昭和四七年一〇月一日以降、約款が改正されて、右免責条項が廃止となつた趣旨、現状からみても、その不当性は明らかである。

六  被告日動火災の反論

1  仮に、被告小室が事故当時は、微酔程度でも、これが運転者の注意能力に重大な影響を与え、多くの事故を惹起する原因となつているから、その程度如何を問わず、免責条項に該当する。

2  被告小室の運転が無免許運転であることは、道路交通法上明らかであり、保険約款の解釈も、道交法上のそれと同一に解するのが保険実務の慣行であり、同一法体系に属する以上、そうするのが自然である。しかも、責任保険においては、大量の保険約款と保険事故を画一的に処理する必要があり、無免許運転の中でも更に幾つかの段階を設けてこれをキメ細かく行なうことは、却つて制度上の混乱を招くものである。

3  道交法で定められた正常な更新手続を放置するような運転者は、運転の基本的な資質や姿勢に、欠けるというべきであるから、他の無免許運転一般に比し、反社会性においては、仮に、多少の差があるとしても、それと質的な差を認めて、別異に解釈すべきではない。

4  酒酔、無免許運転の場合を免責とするか、否かは偏に政策の問題である。そして、本件契約当時の約款に於ては、それらの場合を、その理由や程度の如何を問わず免責とする政策がとられ、その想定の下に、支払保険金額や保険料が定められていた。従つて、もしこれらの場合に、保険会社に免責を認めないならば、保険料はより高額となつていた筈である。

第三証拠関係〔略〕

理由

Ⅰ  昭和四七年(ワ)第五、一一八号事件

第一事故の発生

請求の原因一の(一)ないし(四)の事実は、原、被告ら間に争いがない。

第二責任原因

一  被告三和冷器の責任

1 運行供用者責任

被告三和冷器が、本件加害車を所有して、自己のために運行の用に供していたことは、当事者間に争いがない。よつて、原告に対し、自動車損害賠償保障法三条の責任を負う。

2 法人の不法行為責任、

被告小室が、被告三和冷器の代表者であることは当事者間に争いなく、次記に認定する如く、本件交通事故は、被告小室の不法行為により惹起されたのであるが、成立に争いのない乙第一〇号証の七によれば、被告小室は本件事故前日の午後五時頃、会社の仕事を終え、友人の徳井敬子を本件加害車に同乗させ、難波、梅田、十三、と立寄り、十三で夕食をした後、午後九時過ぎに再び会社の仕事で生野区百済へ行き、同所で用事を済ませ、午後一一時過ぎ頃、西淀川区塚本町所在のスナツク「ララ」でウイスキーの水割三杯位を飲んで、同店で翌日(本件事故日)の午前一時半頃まで過ごし、その後同店のママの住居先である豊中市螢池駅前のマンシヨンへ、右徳井やママと共に赴き、同所で再びウイスキー一杯位を飲み、午前四時過ぎ、同所を出て帰路途上、本件事故を起こしたものであることが認められる。右事実によると、被告小室は、会社の仕事を本件事故を起こした約五時間半も以前に、終えており、本件事故は、同被告が女友達とスナツクおよびそのママのマンシヨンで、飲酒して過ごし、同所からの帰途、起こしたものであるから、本件事故を以て、被告小室が被告三和冷器の職務を行なうについて、惹起させたものということはできず、被告三和冷器は、原告に対し民法四四条の責任については、それを負わないというべきである。

二  被告小室の不法行為責任

各成立に争いない甲第一〇号証の一ないし三、同号証の七、同号証の九および被告会社代表者兼被告本人小室泰孝の供述によれば

被告小室は、本件加害車を運転し、本件事故現場に至る国道一七六号線を北から南へ向け、時速約八〇キロメートル(時速四〇キロメートル規制区域)で直進中、本件事故現場の約九〇メートル手前で、本件現場には、黄色の回転灯が点灯され、道路作業に従事しているらしい原告の姿を、自車の走行車線(東側車線)上に認めたのであるから、本件加害車を運転するに当つては、原告の動静に十分注意し車線変更および減速徐行して、事故の発生を末然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、その動静を十分注意せず、車線変更を完了しないまま、前記速度で漫然進行した過失が認められ、同過失により、原告に加害車両前部を衡突させ、同人に後記傷害を負わせたものであることが認められるから被告小室は民法七〇九条により本件事故により原告が被つた損害を賠償する責任がある。

第三過失相殺の適否

前掲甲第一〇号証の一ないし三、同号証の七、成立に争いない甲第一〇号証の四、五、同甲第一三号証および原告、被告会社代表者兼被告本人小室泰孝の各供述を総合すると次の事実を認めることが出来、同認定に反する被告小室の供述部分はこれを措信しない。

原告は本件事故直前、豊中市千里川交差点南側タバコ店前の横断歩道標示の画線作業に、同僚の辻義勝らと共に従事しており、右辻が、東側車線内で右標示のゼブラ線を路面上に面線していたので、原告は、横断歩道内北側で、センターラインより東側約一メートル程の位置に佇立して交通整理に当つていたこと、然るに、原告と加害車の衝突地点は、前記原告が佇立して車の誘導に当つていた地点と異にして、前記横断歩道より北側で、センターラインを僅かに西側へ越えており、加害車の左スリツプ痕も前記横断歩道の北端、センターライン真近から西側車線内にかけて、ついていることが認められ、被告小室および加害車に同乗していた徳井敬子においても、「原告との衝突地点の手前約一七メートル付近で突如、原告の姿がヘツドライトに浮び上り、加害車の方向へ動いて来たように感じた」旨、述べていることからすれば、原告が、衝突直前に、前記佇立していた地点から右衝突地点に移動したことも、一応、考えられないではない。

然しながら、仮に右移動した事実を認め得るとしても、本件事故の基となつた突び出しとして、賠償額を減額すべきものということはできない。

即ち、原告らは、センターライン付近に赤の安全灯を、東側車線路面上には黄色の回転灯や工事の立札を設置し、原告は、反射テープ付白ヘルメツトおよび反射テープ付縞模様のチヨツキ、白ズボンを着用し、手には赤色懐中電灯を持つて車の誘導に当つており、加害車の先行車二台は、原告の誘導により前記交差点より約五〇メートル程前方で東側車線から西側車線に車線変更して、本件事故現場を通過していること、被告小室においても九〇メートル前方で、本件現場が道路作業中であり、原告の姿も認めていたが、加害車を原告との衝突地点手前約一七メートルの地点に至るも、センターラインに跨がつたまま、車線変更を完了せず、しかも時速約八〇キロメートル(秒速二二・二メートル)の速度で走行させたこと、原告が移動したとするも前記位置程度であること、これら認められる事実を総合すると、本件事故は、ひとえに被告小室の右無暴な運転に起因するということができる。

従つて、仮に右移動の事実があるとしても、それを、本件事故の一因ということはできず、過失相殺はできない。

第四示談契約について

被告三和冷器および同小室主張の示談契約の成立およびその内容については、当事者間に争いがない。

そこで、右契約の成立によつて、原告の本件損害賠償請求権が消滅したか、否かを検討すると、

原告と被告三和冷器、被告小室間では成立に争いない乙第一号証、証人村地治雄ならびに被告三和冷器代表者兼被告本人小室泰孝の各供述によれば、右示談契約においては、原告の代理人村地治雄と被告小室間で本件事故に対して、当然、任意保険金が支払われるとの前提の下に、示談を進捗したものと認められる。即ち、示談契約書(前掲乙第一号証)の第三条は、「乙(被告小室)は、本件事故に基づく任意保険金の請求手続一切を村地治雄に委任し、乙は、第一条、第二条による支払金の他に、右保険金全額を甲(原告)に支払う。甲は万一、右任意保険金給付額がその請求金額に対し、不足額を生じたとしても、該不足額を乙に一切求償しない」旨、第四条は、「本件事故による傷害が原因となつて将来、甲に後遺症が発生し、損害が生じたときは、甲において保険会社に対し、強制保険および任意保険金請求手続をなし、右各保険金の給付額を以て、甲に生じた一切の損害の賠償に充当することとし、乙に対し名目の如何を問わず、何ら金員の請求をしない。」旨、定めているところ、右は、原告に於て、直接保険金請求をなす(任意保険では、被害者請求が認められていないことから、原告の代理人が、被告小室の委任をうけ、同被告を代理して請求をなすという形式をとることにする。)ことにより、原告としては、被告小室を通じ、右保険金を受領する場合に比べて保険金の受領を確実かつ迅速に出来、原告に便宜であるとし、被告小室としても、以後保険金の請求および受領や、原告への保険金交付等、煩瑣な任務から解放され、保険金給付額についても、原告が保険会社と直接接捗した方が、原告の納得を得られるものと考え、原告代理人村地および被告小室の右意図の下に、各文章化されたものであると認められること、第三条中の「保険給付額がその請求金額に対し、不足額を生じたとしても、甲は該不足額を乙に一切求償しない。」および第四条中の「右各保険金の給付額をもつて甲に生じた一切の損害の賠償に充当することとし、」との文言は、保険給付のあることを前提とし、甲が保険金を受領したときは、甲は、以後乙に対し、損害賠償請求権を行使しないとの趣旨であることおよび右村地は、右示談契約をした日から約一カ月後、被告日動火災へ任意保険金請求をしたが、その時に添付した示談書(乙第一号証とは異なる)および領収書の作成には、被告小室も関与していることならびに村地証人は「免許期間が切れていた事を最初から知つていたらこんな示談はしません。この第三条は、かわつていて、小室から現金で貰うという条項にしていたと思います。」旨、被告小室も「私は免許更新を怠つていたことを知つていたが、直ぐ免許の更新をしたから任意保険金は交付されると思つていた。私と村地さんとの間でこの点で問題になつたことはありません。私の飲酒運転の事は心配していたが、任意保険から保険金が支払われないという事は考えてもいなかつた。」旨、供述していること等、これらの事実よりすれば、右示談契約は、保険金が支払われなかつた場合については、想定しておらず、右支払のない場合については、何ら触れることろがないと解さざるを得ない。

従つて、被告三和冷器、同小室の、示談契約の抗弁は、採用できず、原告の本件損害賠償請求権は消滅していないものである。

第五損害

一  受傷、後遺症内容等、

各成立に争いない甲第四ないし第六号証、同乙第九号証、第四二号証の一、第四四号証の二、第四五号証の一および原告本人の供述によれば、原告は、本件事故により右恥骨骨折、顔面、左大腿、後頭部および左肩関節挫傷兼挫創ならびに膀胱尿道部損傷の傷害を受け、昭和四五年八月五日から同年九月三日まで、市立豊中病院に、右同日より昭和四六年四月八日まで橋村医院に各入院し、橋村医院に同月九日より少くとも同年八月三一日頃まで、週三回の割合で通院し、右傷害の後遺症として、左膝関節の屈曲制限、左下腿部の知覚異常、右恥骨骨折部の疼痛が残存することが認められる。

二  治療関係費

1 治療費 合計金八七万八、一三三円

各成立に争いない甲第七号証、第一〇号証の六、同乙第四五号証の二によれば、原告は治療費として、市立豊中病院に金二三万四、八八三円および橋村医院に金六四万三、二五〇円を各要したことが認められる。

2 入院雑費 合計金七万四、一〇〇円

原告が昭和四五年八月五日から同四六年四月八日まで二四七日間入院したことは、前記の通りであり、右入院期間中、一日金三〇〇円の割合による入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。

3 入院付添費 合計金二一万六、〇〇〇円

前掲乙第四二号証の一と原告本人の供述によれば、原告は、入院当初より昭和四六年一月三一日迄の一八〇日間、一人で歩行できず、妻が付添い、看護をなしたことが認められ、右費用は経験則上一日金一、二〇〇円の割合で認めることができる。

4 医師、看護婦の謝礼 金二万円

原告本人の供述によれば、原告は、豊中病院および橋村医院の担当医師、看護婦に、合計金二万円程の謝礼をしたことが認められ、右謝礼は原告の入院期間、診療内容よりみて、本件事故と相当因果関係の範囲内にあるものと認められる。

5 通院交通費については、原告本人の供述によれば、前記通院中、タクシー又は自家用車で通つたことが認められるが、右タクシー使用の回数およびその料金につき、未だ、立証不十分なため、右費用については、認め得ない。

三  逸失利益

1 休業損害 合計金二一九万五、二六二円

証人村地治雄の供述により真正に成立したと認める甲第二号証および同証人、証人橋村正光、原告本人の各供述によれば、原告は本件事故当時、訴外阪神装路株式会社に勤務し、一カ月平均金八万一、三〇六円の収入を得ていたが、本件事故により昭和四五年八月五日から昭和四七年一一月五日まで二七カ月間休業したことが認められるところ、原告は昭和四六年四月八日に退院するも、退院時も一人でどうやら便所に行けるといつた状態で、通院は、かなり困難な有様であつたこと、松葉杖を昭和四七年初め頃まで使用していたこと、足を屈めることが出来ないので路面画線作業が出来ず、結局、前記会社を昭和四八年三月に退社している事実等に照らすと、右期間の間、原告は、稼働し得る状態になかつたと認められる。

2 将来の逸失利益 金五九万六、〇九六円

成立に争いのない乙第四四号証の一、前掲証人橋村の供述および前記認定の後遺障害の部位、程度によれば、原告は、その後遺障害のため、前記休業期間後の昭和四七年一一月六日から、少くとも五年間(五年後の昭和五二年一一月六日現在、原告の年齢は五九歳である。)、労働能力を一四パーセント喪失したものと認められるところ、原告の本件事故当時の年収入は金九七万五、六七二円(前記月収額に一二カ月を乗じた額)であるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式(五年のホフマン係数は四・三六四)により年五分の割合による中間利息を控除して算定する。

なお、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第一一、第一二号証、前掲証人村地および原告本人の各供述によれば、原告は昭和四八年四月一日、訴外「マツクスラインサービス」に入社し、道路標示の抹消作業に従事し、本給として昭和五〇年六月現在一カ月金九万円を得ていることが認められ、右月収入額は、本件事故当時のそれよりほぼ金九、〇〇〇円程度、高いが、道路標示抹消作業は、それの画線作業に比べ、一般的に低収入であると認められ、右は事故時より五年近く経過後の収入額であつて、その間の賃金の上昇も考慮すると、右収入額を以て、原告に減収がないと云うことはできず、原告に前記後遺障害がなかつたならば、原告は、右収入額を、少くとも前記労働能力喪失分だけ上廻る収入が得られたものと認められる。

四  慰藉料 金一六〇万円

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容、程度その他諸般の事情を考慮した。

第六損害の填補

請求原因4の事実は、原告と被告三和冷器、同小室間で争いがない。

そうすると、原告の前記損害額二ないし四の合計額金五五七万九、五九一円から右填補額金三〇三万三、七三三円を差引いた残損害額は二五四万五、八五八円となる。

第七弁護士費用 金二〇万円

本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らし、被告三和冷器、同小室に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は金二〇万円とするのが相当である。

第八結論

以上によれば、原告の被告三和冷器、同小室に対する本訴請求は、同被告らに対し、各自、金二七四万五、八五八円およびこれに対する履行期経過後の昭和四七年一一月二三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、理由がある。

Ⅱ  昭和四八年(ワ)第四、一七七号事件

第一  請求原因1の事実および2の事実中、本件事故の発生については、当事者間に争いがなく、前掲被告会社代表者兼被告本人小室の供述ならびに弁論の全趣旨によれば、被告三和冷器の代表者被告小室は原告と、その主張通りの示談契約をなし、原告に対し、自賠責保険から支払われた分を除き、昭和四六年八月二六日までに合計金二〇一万三、七三三円を支払つたことが認められ、また被告三和冷器同小室は前記損害賠償事件が確定したときは、原告に対し、本判決主文第一項の金員の支払債務を負うものである。

第二  そこで先ず、被告日動火災の本案前の抗弁について検討する。

一  保険金請求権は、保険事故発生と同時に生じ、被害者と加害者(被保険者)間で損害賠償額が確定したときから、同請求権を行使できると解するところ、被告三和冷器が原告に支払済の前記金二〇一万三、七三三円については、右両者間で、同債務の存在および金額につき、争わず、従つて右額の限度に於ては損害賠償額は確定しているというべきである。そして、被告日動火災の右金額の保険金支払義務の履行期は、本件訴状の到達により到来したものと認められる(被告三和冷器が被告日動火災に、本件訴状到達以前に、右金額を呈示して支払請求をした事実は、本件全証拠を以てしても認められない。)。被告日動火災は、全損害額が確定しない限り、保険金請求権を行使しえない旨、述べるが、本件事案に於ては、そのように解さなければ支障を生ずる等の実質的理由は見出し得ない。

二  請求の趣旨第2項の保険給付の債務存在確認の訴については、それが、前記事件の判決確定を条件とするものであることから、将来の法律関係の確認を求める訴であるうえに、本事案に於ては、将来の給付の訴として提起すべきものであるから、不適法として却下を免れない。

第三  次に、本案に関する抗弁について判断する。本約款第二章第四条に、同被告主張内容の免責規定が存することは、当事者間に争いがない。

1  飲酒運転について

前記事件の「理由」中第二の2で認定した事実および前掲甲第一〇号証の四、同号証の七ならびに被告会社代表者兼被告本人小室の供述によれば、被告小室は、本件事故前日の午後一一時過ぎより事故日の午前一時半までウイスキーの水割り三杯、および午前二時頃より午前四時過ぎまで同じく水割り一杯を飲酒したものの、本件事故を起した午前四時半頃は酒に酔つたという程の状態ではなかつたことが認められ、飲酒検知管にもアルコール保有量は検出されず、酒酔い運転として、処罰も受けていないことが認められる。そうすると、被告小室の本件事故当時の運転を以て、「酒に酔つた運転者によつて運転されているとき」と云うには、未だ至らず、この点に関する被告日動火災の抗弁は、採用できない。

2  無免許運転について

被告小室が本件事故当時、無免許運転であつた事実は当事者間に争いがなく、前掲被告会社代表者兼被告本人小室の供述と弁論の全趣旨によれば、被告小室は、その自動車運転免許証が本件事故を起こした日の二カ月と一〇日前の昭和四五年五月二六日で有効期間が切れていたのに、更新手続を失念して、本件加害車を運転していたものである。

ところで、本約款の第二章第四条により保険会社が免責される場合については、商法六四一条やその免責規定の制定趣旨および保険契約における信義則、或いは取引の通念ならびに自動車保険の社会的効用、経済的機能に照らし、合理的に解釈しなければならないが、それらを考慮すると、保険会社が免責される場合とは、「危険の発生あるいは増加の蓋然性が極めて大きいため、自動車の使用又は運転を禁止しているような重大な法令違反行為で、右行為が罰条に該当し、かつ右法条違反行為と事故との間に相当因果関係がある場合」と解するのが相当である(最高裁判所昭和四四年四月二五日第二小法廷判決、最高裁判所判例集第二三巻第四号八八二頁参照)、前記の如く、免責される場合の一として「酒酔い運転」としてあつて、単なる飲酒運転では、免責されないのは、酒酔い運転では右要件を満たすが、飲酒運転は、それに該当しないからであると推認される。

そこで同条の「無免許運転者によつて運転されているときについても、右要件を満たすものでなければならないところ、本件のような運転免許証の更新手続失念中のそれも、また右要件を満たすものであるか、否かについて考える。

先ず運転免許証に有効期間を設けたのは、或る程度の期間の経過により、免許を受けた者が身体に故障、欠陥等を生じ、自動車等の運転に適しない状態となることが予想されるため、運転に支障がある状態となつた者を発見し、その者については右期間を更新せず、或いは身体に応じた条件を付与又は変更するなどして、道路交通における危険防止を図る必要があるからである。従つて、更新の際に行なわれる試験は適性検査のみであつて、運転免許取得の際、行なわれる技能、法令に関する試験は行なわれないが(道路交通法一〇一条、なお同法一〇一条の二、一〇八条の二等によれば、免許証の更新を受けようとする者は、安全運転等に関する講習を受けるようにつとめなければならないとされている。)、右は、更新期間中のみならず、右期間経過後でも、それが、三カ月以内であるならば、同様に適性検査を受けて、合格すれば、運転免許を取得できる。(同法九八条二項、同法施行令三七条五号)とされている。そうすると、道路交通法は、有効期間経過後の三カ月以内の運転に於ては、その安全性に関し、免許証有効期間内の運転と別異に扱うことをせず、その運転につき特に危険の発生或いは増大を認めるまでには至つていないと云うべきである。

然るに成立に争いない乙第一〇号証および前掲被告会社代表者兼被告本人小室の供述によれば、被告小室は、右期間経過後三カ月以内に更新手続をし、適性検査に合格して同年九月一日、従前の免許証とその番号を同一にする(但し、照号番号については異なる。)免許証の交付をうけたことが認められるから、被告小室の右無免許運転自体を以てしては、事故発生の蓋然性がある危険な運転ということはできない。

次に、反社会性の点に於ても、更新手続失念中の運転は、過失犯であつて、罰則が存せず且つ運転免許証の期間を失念する者が多い現状(そのため、昭和四八年四月一日以降は、有効期間を各人の三回目の誕生日とすることに改正された。)からしても、それ程、社会的非難の強い、重大な法令違反行為と云うに当らない。

前示の如き無免許運転が、事故と相当因果関係にあるとするのも困難である。

そうすると、免許証の更新手続を失念中、事故を起こすも運転免許証の有効期間経過後三カ月以内に、再び免許の交付を受けた本件の如き場合は、前記保険会社が免責される場合の要件を満していず、結局、前記条項の無免許運転には、本件のような場合は含まれないということになるが、実際的にも、道路交通法上、無免許運転とされる(一)全然運転免許を受けていないもの(二)運転免許の効力の停止、または仮停止をされているもの、(三)運転免許の取消を受けたもの(四)試験に合格したが、まだ免許証の交付を受けていないもの(五)免許を受けていない車種を運転をしたもの(六)運転免許の有効期間が過ぎてその効力がないもの六種類のうち、(六)の場合であつて、且つそれが過失(失念)による有効期間経過後三カ月以内の運転であるときは、危険性、反社会性ともに、最もその程度が低いから、その実体、実質に即して、免責につき、他の無免許運転と別異の取扱をしても何ら不合理ではなく、右の限度では、保険会社に損害填補をさせても、まだ、公の秩序に反するとか、保険契約上の信義則、公平の見地に反するということにはならず、保険関係者らの理解の範囲を超えることとなるものではない。さらに、被害者大衆の保護という自動車保険(直接的には、被保険者の損害填補を目的とするものであるが)の社会的効用および経済的機能を重視すべき必要から、昭和四七年一〇月、本約款の右免責条項は改訂され、新約款では、無免許運転につき、保険会社を免責していないことも考慮されるべきである。被告日動火災は、右のような場合に保険会社が免責されないならば、本件保険契約締結当時、保険料は、より高額になつていた旨、主張するが、同事実を裏付けるに足りる証拠は、本件全証拠中、存しない。

よつて、被告日動火災は被告三和冷器に対し、その保険給付を免責されず、この点に関する同被告の抗弁は採用することができない。

第四  結論

以上によれば、被告三和冷器の被告日動火災に対する本訴請求は、金二〇一万三、七三三円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四八年一〇月二日から支払済まで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度に於て、理由がある。

Ⅲ  結び

原告の被告三和冷器、同小室に対する請求は、前示認定の限度で正当として、これを認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、被告三和冷器の被告日動火災に対する請求は、前示認定の限度で、理由があり、これを認容するが、請求の趣旨第一項の、その余の請求は、理由がないから、これを棄却し、同第二項の請求は不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原昌子)

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